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文理

 投稿者:一揆  投稿日:2006年12月 8日(金)01時00分46秒
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  「文系/理系」は分けられるのか、と言うテーマで話をすることがある。
最近思ったのは、「文系の学問、理系の学問」というような
分け方はそもそも絶対にされ得ないし、する意味も無いけれど、
何かを議論するときに「文系的切り口、理系的切り口」
というのはあるし、どちらからも考える必要があるな、ということ。

例えば、「人は色をどう見分けるか」について議論をしてみるとする。
「理系的」に切り込むならば。
そもそも色とは何か。まずそれは光を刺激として、眼によって知覚されるものであり、
ヒトは網膜内の三種の錐体という細胞によってその波長の違いを細かく弁別して認識できる。それを「色」と呼ぶ。そういう説明になるかと思う。
そこから始まって、そもそも光とは何か、それをどの様に知覚するのか、
どういう仕組みで弁別できるのか、さらに細かく突き詰めて説明していくこともできる。

自分もどちらかと言うとまずこの視点から考えるタイプだが、
もうひとつ「文系的な切り口」というものにも注目したい。

例えば「赤/紅/朱」とか「青/藍/群青」とか、
同系の色に細かく呼び名がつき、日本語で区別される色がある。
同様に例えば英語でも「red/crimson/scarlet」とか「blue/cobalt/navy」
のようなものがあるが、日本語と一対一対応で同じ色を表す言葉があるわけではない。

じゃあ日本人とイギリス人では色の見え方が違うのか。
「理系的」回答では「そんなわけない」。
波長の弁別能力に多少の個人差はあったとしても、
視神経や脳の知覚能力に人種間で顕著な差が見られるということはない。
しかしこれが「文系的」回答では、「見え方は違って当たり前」になるのだ。

可視光のスペクトルの中からどの範囲を切り取り、「色の名」をつけて区別するか。
それはその言語の依拠する文化に完全に依存する。
能力的に「弁別できる」ということと、名をつけて「区別する」と言うことは
まったく別のことと考えねばならない。
ある言語文化の中で、なぜ名前をつけて区別するようになるのかには
様々な理由が考えられるが、少なくとも「必要があったから」だろう。
例えば、形は殆ど同じだが、微妙に色合いの違う魚がいたとして、
その味に大きな違いがあったら、それぞれの色には違う名が付けられるかも
しれないということ。「A色の魚は刺身でも旨い、B色の魚はやや癖がある」
でも魚食わない内陸人にとっては、その色の違いは区別できる必要が無い。
したがって、おなじ「@色」の名でA色もB色も表すことになる。
その内陸のおじさんに二匹の色を比べてもらえば、
「こっちは明るい@色」のように見分けることは出来るだろうけど、
わざわざ比べてもらおうとしなければ二匹とも「同じ@色の魚」。
そういう意味において、おじさんは「色」を「見分けられない」といえる。
したがって言語文化間において「色の見え方は違う」のだ。

これが「文系的な切り口」である。
「理系切り口」同様、ここからもっと細かく「文系的」議論をすすめることもできる。

前者の考え方に「理系」後者に「文系」と名づけて区別できるかどうかについては、
まだ議論の余地がありそうだが、
いずれにしろ、一つの質問について異なる回答が出うると言う点においては、
どちらの方向からも物事を考える必要がありそうだ、というあたりで今日はギブアップ。
 
 
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